大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(う)804号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年三月及び罰金二五万円に処する。

原審における未決勾留日数中一三〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してあるLSD紙片七〇一・五個(当裁判所昭和六〇年押第二八七号の1、2)、乾燥大麻一包(同号の7の1)及び大麻樹脂三包(同号の8ないし10)を没収する。

被告人から金五万〇、六九二円を追徴する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事田中豊作成の控訴趣意書並びに弁護人池田作次郎及び同隅田勝己共同作成の控訴趣意書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

一弁護人の控訴趣意について

(一)  控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第一ないし第四の罪につき、被告人を懲役二年三月及び罰金二五万円に処したが、右量刑は、右犯罪事実以外に被告人が捜査官に自白しただけで起訴されていない多数の余罪をその自白調書によつて認定し、実質上右余罪を処罰する趣旨のもとになされたものであつて、原判決の右訴訟手続には憲法三一条、三八条三項、三九条、刑事訴訟法三一七条、三一九条二項、三項の違反があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論にかんがみ記録及び原審証拠を調査して考察するに、刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料とすることは、憲法三一条等所論指摘の法令に違反して許されないが、他方、余罪を被告人の性格、経歴及び犯罪の動機、目的、方法などの情状を推知するための資料として考慮することは、必ずしも禁じられるところではない(最大判昭和四一年七月一三日・刑集二〇巻六号六〇九頁)、と解すべきところ、本件についてこれをみるに、原判決は、その「量刑の理由」において、原判示の各犯行のうち、特に原判示第二及び第三の麻薬であるリゼルギン酸ジエチルアミド(以下LSDという。)を含有する紙片の密輸入及び所持につき、その犯行の動機、態様などに関する犯情を述べたうえで、「被告人は捜査官に対し、中学一年生のときから大麻を使用するようになり、海外旅行の機会を利用して度度大麻、ヘロイン、LSD等の薬物を日本国内に持ち帰つては使用し、本件で譲渡、所持した大麻もその一部であり、また、LSDについては本件前にも同様方法で二回にわたり密輸入をしていることに照らせば、LSD密輸入についての常習性及び大麻等薬物に対する強い親和性が窺える。」と説示しているのであるが、右説示が、余罪を具体的に認定し、その責任を負わせようとしているのではなく、原判示第二のLSD密輸入の犯情及び被告人の性向などを推知する情状として述べられていることは、その文脈から明らかであり、それに後記(二)で判断するとおり原判決の原判示第一ないし第四の罪についての量刑が不当であるといえないことを併せ考慮すると、原判決は、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で量刑したものではないと解するのが相当である。所論にかんがみ付言するに、所論は、原審において、検察官は、冒頭陳述として、被告人の自白しかない薬物使用歴及び本件起訴外の余罪について述べ、また、論告でも本件起訴にかかる犯罪事実よりも余罪、特に以前の二回にわたる麻薬の密輸入について具体的にその事実を強調して述べたうえ、これを含めて犯情極めて悪質であるとの意見を陳述し、被告人に対し懲役四年及び罰金六〇万円の求刑をしたものであつて、右求刑が余罪の処罰を求めている趣旨であることは明らかであり、原判決もこれに引きずられて、余罪を処罰する趣旨で被告人に重い刑を科した旨主張する。なるほど、記録によれば、原審における検察官の訴訟活動には、所論指摘のように余罪の処罰を求めているとの疑いを生じさせかねないところがあると認められるが、そのことから直ちに原判決の量刑が余罪を処罰する趣旨でなされたと推認することは、原裁判所の独立性を軽視した考えであつて採ることができないというべきである。原判決の量刑が余罪を処罰する趣旨でなされたものかどうかは、あくまで原判決を検討して判断すべきであるところ、前述のとおり原判決の量刑は、原審における検察官の右のような訴訟活動にかかわらず、右の趣旨でなされたものではないと認められるのである。また、所論は、原判決が余罪を処罰していることは、罰金二五万円を併科していることからも明らかである、すなわち、営利目的の麻薬の輸入、所持罪につき懲役刑に罰金刑の併科を認める趣旨は、この種の営利犯の犯人に犯罪による利得を保持させないことにあるとみられるところ、被告人は原判示第二及び第三の各犯行によりまだ一銭の利得も得ていないのに、原判決は被告人に対し罰金二五万円を科したもので、これは余罪による利得を奪い、余罪を実質上処罰する趣旨であるとみられる旨主張する。しかし、麻薬取締法が営利目的の違反行為に罰金併科を規定している趣旨は、所論のいうように犯罪行為によつて得た不正の利益を剥奪することにのみあるのではなく、一定の金額の剥奪をすることにより経済的不利益を認識させて再犯防止の効果を挙げようとする点にもあると解せられるところ、本件においては、被告人が原判示第二のLSD紙片九〇〇個を三二万四、七二〇円で買い入れ、そのうち五〇〇個を買入価格の二倍の価格で密売しようとしていたことが証拠上認められることに徴すると、被告人が原判示第二及び第三の各犯行により現実に利益を得ていなくても、被告人に対し右各罪につき罰金二五万円を併科することが量刑上不相当とはいえず(後記(二)で判断するように原判決の右罰金併科は、これを是認できる。)また、右罰金併科をもつて余罪を処罰する趣旨であるとすることはできないというべきである。その他所論が縷々主張するところを検討しても前記判断を左右するに足らない。論旨は理由がない。

(二)  控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものであるが、所論にかんがみ、記録及び原審証拠を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して考察するに、本件は、被告人が、営利の目的でLSD紙片九〇〇個を密輸入し(原判示第二)、かつ、そのうち七五九・五個を所持した(同第三)ほか、大麻草約一〇グラムを譲り渡し(同第一)、大麻草約〇・〇五グラム及び大麻樹脂約一・一五グラムを所持した(同第四)という事案であるが、本件各犯行の罪質、動機、態様、殊に、本件営利目的によるLSD紙片の密輸入及びその所持の各犯行は、被告人が、外国から多量のLSDを密輸入して、一部を自己使用などに充てるほかは大半を外国の知人に密売し、その利益で自己の海外留学資金を作るとともに、右自己使用などに充てる分を利得しようと企て、周到な計画のもとに外国在住の共犯者らと連絡をとつたうえ、同人らに代金を送金して九〇〇個という極めて多量のLSD紙片を注文し、捜査当局あるいは関税当局に発覚しないようそれを航空郵便用封筒で郵送してもらつて密輸入し、一部自己使用などに充てた分を除き残り七五九・五個を自宅で所持していたが、そのうち五〇〇個は外国の知人に買入価格の二倍の価格で密売しようとしていたものであつて、被告人が右密輸入の計画、実行につき主導的役割を果たしており(所論は、被告人は、国際的な麻薬の密輸ブローカーに利用されて右犯行を行つたにすぎない旨主張するが、右に述べた経緯その他証拠に徴し、右主張は採用できない。)、証拠上認められる右犯行以前からの経緯などに徴し、被告人の右犯行が常習的犯行であると認められることなどに照らし、犯情は甚だ悪質であること、その他被告人の麻薬、大麻などの薬物に対する依存性、親和性が極めて強いことが証拠上認められることなどを総合勘案すると、被告人の刑責は重大であるといわなければならず、被告人は本件LSDの密輸入により現実に利益を得ていないこと、本件各犯行は被告人が少年のときに犯したものであり、被告人は、前科前歴がなく、本件について反省し今後の更生を誓つていること、被告人の父及び兄も被告人の更生を援助する態度を示していること、さらに原判決後、被告人は薬物中毒後遺症などのため入院し治療を受けていること、及び、被告人は父から自動車を購入してもらう代わりに三〇〇万円の贈与を受け、これを贖罪のため公的機関に寄付したことなど所論主張の諸点を含め被告人に有利な諸事情を斟酌しても、被告人を懲役二年三月及び罰金二五万円に処した原判決の量刑が重すぎるとは認められない。論旨は理由がない。

二検察官の控訴趣意について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第二において、被告人が輸入禁制品であるLSD紙片九〇〇個を輸入したという関税法違反の事実を認定し、右LSD紙片のうち、被告人が所持していた七五九・五個(原判示第三)(うち鑑定で費消した残量七〇一・五個については没収が言渡された。)を除く、すでに使用あるいは処分ずみの一四〇・五個分については、価格の算定が不能であるとして追徴を科さなかつたが、右は関税法一一八条二項の解釈適用を誤つたからであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び原審証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討することとする。

原判決は、「追徴を科さなかつた理由」において、LSDについては合法的な流通市場における国内卸売価格の存在が認められないので、本件LSDの価格の算定は不能である旨及び仮に密売価格をもつてその価格算定の基準とするとしても、ある程度客観的に通用する価格でなければならず、本件における仕入価格がこれにあたるとは認められないから、追徴をしなかつた旨説示している。

ところで、関税法一一八条二項は、禁制品を輸入する罪などに係る貨物などを没収できない場合においては、その没収することができないものの「犯罪が行われた時の価格に相当する金額」を犯人から追徴する旨を規定しているところ、最高裁判所の判例は、輸入貨物について、右規定にいう「犯罪が行われた時の価格」とは、その犯罪が行われた当時における国内卸売価格(関税及び内国消費税込)をいうものと解すべきであるとしており(最決昭和三五年二月二七日・刑集一四巻二号一九八頁)、原判決は右判例の見解に従つたものと考えられる。しかしながら、右判例は、国内において合法的かつ自由に取引がなされ、適正な市場価格が形成されうる物品の事案に関するものであつて、右のような事案においては相当であるが、右判例も、それが、「犯罪が行われた時の価格」とは税関に貨物が届いた時の価格(到着価格)と解すべきであるとする上告趣意に対し、これを関税及び内国消費税を含む国内卸売価格と解した一、二審の判断を支持したものであることをも考慮すると、自由な流通が禁止されているため適正な国内卸売価格というものが存しない輸入禁制品についても同様に解すべきであるとの趣旨を包含するものではないとみるべきである。したがつて、輸入禁制品については、「犯罪が行われた時の価格」というものを別の観点から考えなければならないところ、関税法一一八条二項の追徴の趣旨は、没収できなかつた物の経済的価値に等しい金銭を徴収することによつて、物自体を没収するのと同等の効果を犯人に与え、もつて密輸入の取締りを励行しようとするものであるから、その趣旨に照らすと、輸入禁制品についてもできるだけ客観的な価格を追徴すべきであり、仮に国内における違法な流通による客観的価格(いわゆるやみ相場)がある場合にはそれによるのが相当であるが、右のような客観的価格がない場合でも、原判決のように直ちに追徴価格の算定が不能であるとすべきではなく、前記法の追徴の趣旨にかんがみ、かつ、その趣旨に反しない範囲内で追徴価格の基準を求めるべきであつて、本件のように犯人が営利の目的で貨物を密輸入した場合には、犯人はその買入れ価格以上の価格で売却しようとしているものであるから、少なくとも買入れ価格をもつて「犯罪が行われた時の価格」とすることができると解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、本件LSD紙片については、国内における違法な流通による客観的な価格があることを認めるべき証拠がないところ、関係証拠によれば、被告人は、営利の目的で本件LSD紙片九〇〇個を一、三一二米ドル(換算円貨額三二万四、七二〇円)で買い受けてこれを密輸入したことが認められ、右事実から、本件LSD紙片九〇〇個の犯罪が行われた時の価格は少なくとも右三二万四、七二〇円を下らないものと認めることができる。そして、本件においては、原判示第二の関税法違反の罪にかかる本件LSD紙片九〇〇個のうち没収不能として追徴の対象になるのは一四〇・五個分であるので(関係証拠によれば、被告人は右数量のものを自己使用し又は他に処分したことが認められる。)、その犯罪が行われた時の価格に相当する金額を前記九〇〇個の価格から求めると、五万〇、六九二円ということになる。

以上のとおりであつて、原判示第二の関税法違反の罪については、関税法一一八条二項により被告人から五万〇、六九二円を追徴すべきであるといわなければならない。したがつて、右追徴を科さなかつた原判決には法令適用の誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よつて、弁護人の控訴は理由がないが、検察官の控訴は理由があるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示の各法条(科刑上一罪の処理、併合罪の処理及び各付随処分に関するものを含む。)のほか、前記理由による追徴につき関税法一一八条二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官環 直彌 裁判官高橋通延 裁判官野間洋之助)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例